戦の神とエテルマリアの少女

第8章 天界にて

Work by ネオかぼちゃ

この世界は1柱の神によって創られた。
その神は時間、空間、生死、太陽、月、大地、海、天候、豊穣、運命、医学、戦の12柱の神を造って世界の要とし、さらに人を始めとするあらゆる生き物をこの地上に造った。神々は天界という場所に住まい、世界の均衡を保っている。

そしてそんな世界を破壊しようとする影があった。
魔者。世界を荒らし、魂を食らう破壊神の落とし子達。
地上では人には見えず、病や事故、災害といった形で現れる。魔者に取り憑かれた者は魂を食い荒らされ、人格が変貌し、やがて同じ魔者に成り果てると言う。

しかし、天界側にもそんな魔者達を狩る戦力が存在していた。

天界の某所、紫の体液を吹き出しながら、黄金の剣が突き立った巨大な影が崩れ落ちる。
塵となって消えていく魔者の死骸を何の感慨もなく見つめる男、天界12神の1柱戦神ロア。
いつもならこの程度の敵を倒した後は物足りなさに不満を漏らしているのだが、ここ最近は愚痴をこぼす事もなく真面目に討伐をこなしているようだった。

「お見事ですロア様。周囲の敵性は今ので最後のようです。」
「そうか、なら俺は城に戻る。お前もここの管理者への報告が終わったら一旦戻れ。」
「かしこまりました。お疲れ様です。」

部下に見送られロアはその場を後にした。


「ロア様だ・・・。」「怖い。」「機嫌を損ねたら殺されるかも。」「あの暴れん坊が何でここに。」「しっ、何もしなければ大丈夫なはずだ。」「この前また問題を起こしたとか・・・。」

街中を歩くと聞こえる住人からの畏れの声。いつもの事だ。
概ね事実なのだから特に傷つく事もないが、その視線もその言葉も耳障りではある。
ロアが声の方に視線を向けると、住人は身をすくめ静かになった。

いつだって自分の心には燻り続ける炎があった。
かつて自分が敗北した相手、この世界の天敵である破壊神を倒すという願望。
強い者と思う存分に戦いたいという願望。

力を、技術を、武器を、兵を、それらを常に求めて来た。それに自分の神性上、戦いが好きでそれを楽しんでもいた。
いつも強者との激しい戦いを渇望し、弱者をつまらない者とさえ感じていた。
強い力を持つ故に力で何もかも解決してきた。
それ故に神々は自分を嫌い恐れている。この性質を、気質を、力を、過去を、見た目を。

この先もずっと、そうして炎に身を焦がしながら永遠に近い時を過ごして、いつか戦いの衝動に突き動かされるまま神々も世界も巻き込んで自滅していくのだろうと、そう思っていた。

フェリカと過ごすまでは。

地上で人間として過ごした合計35日間。そこで自分は知った。戦場以外の人々の営みを。
長年戦争に巻き込まれる事のなかったエテルマリアは平和そのものだった。
人間同士のいざこざはあれど、命を脅かすような外敵はおらず、血と暴力の気配もない。

国を守りたいと語る子ども達を見て、かつて自分が力を貸した人間の兵士達を思い出した。
家族、恋人、自分の家、自分の国・・・話には聞いていた。
朝は柔らかい陽射しで目を覚まし、妻と子ども達または両親と挨拶を交わし、一緒に朝食を食べ、趣味や外仕事に出かける。隣人と何気ない談笑をし、仕事を終えたら家族の待つ自宅に帰り、語らいながら一緒に夕食を食べ、また明日の事を考えながら眠りにつく。休日は子どもと遊んで妻と愛を育んで、そんな日々の繰り返し。
そんな幸せのために戦うのだと。

そんな世界、自分には実感がなかった。今までそれらを気にしたことはなかった。昔地上にいた時でさえ目を向けたことはなかった。
自分の居場所ではなかったし、平和は退屈だと思っていた。

だが人間としてフェリカと一緒に過ごし、そんな世界に触れるうちに自分にも分かった。
平和な世界は大切な誰かと一緒だとあんなにも輝くのだと。
彼女の隣にいたから知ることができた安らぎと人の温もり。
これがか弱い人間が作り守ってきた世界であり、戦場に命を捧げた彼らの理想、守ろうとした世界かと。

自分も続いて欲しいと思った。
植物に囲まれ笑顔を見せる彼女が、大切な人と共に幸せのまま生きられる場所を。
弱くても生きていける世界を。
だからこそ守らなければならないと思った。
この世界を。

魔者を殺し続け、破壊神を倒すという自分の使命を果たさなければならない。
故に地上を離れる決意をした。理由を明かせなかったから、戦いが好きだという理由で誤魔化そうとした。

(人を殺すのが楽しいの?)

以前フェリカにそう問われた時答えを躊躇ったのは、彼女に嫌われるという考えが過ったからだった。
誰も彼もから恐れ嫌われている自分が、たった一人の人間の少女に嫌われたくないと思ったのだ。
だからこう答えればフェリカは自分に失望するなり納得するなりして二度と会わないと諦めると思っていた。
それなのに・・・。
彼女の想いを聞いてしまった、自分の想いに気づいてしまった。
まだ側でその姿を見ていたい。そう思ってしまった。

嗚呼だがやはり、自分の立場がそれを許しはしなかった。

「ロア、少し良いかな。」

それは他の12神からの招集だった。


◆◇◆


会議を終え、門を通り抜けて自分の領域のある場所に向かう。
白い石造りの柱が立ち並び、巨大な城とも神殿とも思わせるロアの居城、その一室。
地上の人々の信仰と祈りを聴く場所。力を求める声、勝利を求める声、守護を求める声、戦いを畏れる声、戦死者の安寧を祈る声、そして・・・。
いつものようにそれらの声を聞き届ける中にフェリカの声があった。

「どうかローレンスが戦場から無事に帰って来れますように。」

その声はもう一人のロア、ローレンスの無事を祈っていた。

「すまない、フェル・・・!」

自分の手の中に消えていく光を強く握りしめた。


◆◇◆


青空の広がる大きな窓と長い柱が立ち並ぶ白い大理石の空間。ロアは私室にて、親友である雷神レヴィアーナと火神アグマの2柱と雑談をしていた。

「クソ!なんで今更になって!このタイミングなんだ!?」
「まあまあ落ち着きなよ。」
「機嫌悪いな?上に何か言われたな?大方この前話してた地上の件だろ。」

鮮やかなクッションの置かれたソファーの上、荒れているロアをアグマが宥めているのを眺めながら、レヴィアーナはからかうように牙を見せて笑う。

「俺ら絶対にチクってないからな?」

レヴィアーナの釈明にロアは落ち着きを取り戻しつつ答える。

「別にお前らを疑ってはいねぇよ!」

神々の掟として、高位の神が地上へ過干渉する事は禁じられている。
そのため、12神の一柱であるロアが地上に頻繁に降りている事に気付いた他の11神達は、地上への影響を懸念してロアの天下りの手段を封じた。
実質フェリカが生きている間は、彼女へ会いに行く事は出来なくなってしまった。

「でもさぁお前、彼女は勇気を持って告白したのに、その翌年から会いに来なくなるなんて、マジで最低な男になっちゃうな。フェリカちゃんが可哀想だなぁ・・・。」

悲しそうに言ってくるアグマにロアは眉をしかめる。

地上でローレンスは恐らく戦死扱いになるのだろうか。それともフェリカから逃げた逃亡者だろうか。
どちらにしろ彼女はひどく悲しむに違いない。あの時のように一人で抱えて一人で泣いて、裏切られた気持ちを抱えて生きていくことになるのだろう。

「お前まで何だ。俺だってそんな事はしたくなかった!」
「いや分かる。禁断の恋こそ燃えるってめちゃくちゃ分かるよ?でもお前ほどの立場の神がわずか100年でも地上で暮らす方法なんてないだろ?ちゃんと一緒になれないのになんでOKしちゃったんだよ~!」

ロアを責めるようなアグマにレヴィアーナが口を挟む。

「もうさぁ、仕方なくね?こっちにはこっちの都合があるんだし。」

レヴィアーナの意見にアグマは「そうだけどさぁ・・・。」と、あまり納得がいっていないようだ。
レヴィアーナは人間とは関わりのない自然的な神であるが故に、神は神、人間は人間と割り切るタイプだ。だからこそ神の事情を優先し、人間にそれほど関心があるわけではない。
一方アグマは古来より人間を近くで見守ってきた神だ。人間の文化に強く興味を持ち、人間を好み、人間の事をよく知っている。だからこそ今回のロアの軽率な行動を非難する気持ちが強いのだろう。

「どちらにしろ、流石にお前でも他の11神が決めた事だから誰にも覆せないさ。諦めるしかないよな。」
「あぁ~~~、もっと話を聴いてたかったのに・・・なんて苦い結末なんだよ~!僕恋愛におけるバッドエンドはちょっとなぁ・・・。」

またいつもの調子で話し始める2柱を他所に、ロアは他の11神が居るかも分からない窓の向こうを睨みつけるのだった。

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