戦の神とエテルマリアの少女

第3章 墓前の花

Work by ネオかぼちゃ

墓地の前を通りかかると花束を持った人々が墓の周りで賑やかにしている。暮石は花々で彩られ華やかな雰囲気だ。

「あれは何をしてるんだ?」
「現地の人がお墓参りしてるんだよ。死んだ人が帰ってくる日だから、ああやってお祝いしてるの。」
「死人が、ねぇ・・・。」

そんな二人の元に花束を抱えた小太りの女性が話しかけてきた。

「あらあらあら!フェリカちゃんこんにちは!お母さんのお墓参り?じゃあほら!これお花あげるからね!」

女性が持っていた花束から何本か花を分けてフェリカに渡そうとした時、咄嗟にローレンスが二人の間に割って入る。

「また物売りか?」
「あら!どなた!?」

驚く女性とそれを睨みつけるローレンスをすぐさまフェリカが止める。

「ローレンス、違うの。この人は隣の家のカーラおばさん。」

カーラおばさんは家が隣という事もあってか、フェリカ達家族を何かと気にかけてくれている人だ。面倒見が良く社交的で、小さい頃からよく構ってくれた。

「あらまぁ!フェリカちゃんのボーイフレンド?」
「そういうのじゃなくて・・・。」

フェリカの訂正を聞かず、カーラはニコニコと話を進める。

「あらあらお邪魔してごめんなさいね!じゃあね、フェリカちゃん。お母さんと、あとドナートさんによろしくね!」

そう言いフェリカと、ついでにローレンスに何本か花を渡すと笑顔で去っていった。

「・・・ごめん、ちょっとお墓に寄っていくね。」


そうして二人は花を手に、とある一画にやってきた。
花と喧騒で彩られた墓地で、ここだけが寂しく静かな場所のようだった。

「・・・・・。」

受け取った花を墓前に備え、祈りを捧げるフェリカにローレンスは尋ねる。

「なんだ?周りはあんなに賑やかなのにずいぶんと浮かない顔だな。」
「ここは、私のお母さんのお墓なの。」

墓石の前、刻まれている名前はエルメリンダ・レリーチェ。

「今日は死者が帰ってくる日じゃないのか?お前の母親も帰ってきてるんじゃないのか?」
「どうだろうね。そうだったら嬉しいな・・・。」


病死だった。
花に囲まれた、眠るような顔を見た。
葬儀の時、涙を流す父とは裏腹に泣かないフェリカに参列者が訪ねた。

「フェリカちゃんは悲しくないの?」

フェリカは整然と答えた。

「お母さんは死んでない。体を置いて、ちょっと遠い所へ出かけているだけ。だから悲しくないの。」

豊穣祭の日、言い伝え通り母が帰ってくるんだと信じてやまなかった。

「お母さんはいつ帰ってくるの?私迎えに行くよ。」

以前読んだお話の中では、少年は死んでしまった母親を求めて冒険をし、遠くの地で母と再会した。
きっと自分の母もどこかにいて、見つけて連れて帰ってくればまたいつもの生活に戻れるはずだ。
そんな自分に周りの人達は憐れむような目で言った。「もう12歳なら分かるだろう。」と。

「みんな探しに行った事がないからそう言うのかな。」

それでも勇気を出して一人で行ったことのない所まで街中を探し回った。森の方だって探しに行った。
そうしてしばらく、どうやら自分は母の墓前で泣き疲れて眠っていたところを街中探し回っていた父に発見されたのだった。
父はフェリカを強く抱きしめ、母が着けていた指輪をくれた。明るい緑の宝石がついた薔薇の装飾の古い指輪だ。
本当は分かっていた。もうこの世界のどこにもいないのだと。だからその後自室で一人ひたすらに泣いたのだ。
祭りの言い伝えも、絵本の物語も、縋ってきた幻想を自分で壊してしまった。
小さな冒険の終わりで得た物はもうこの世に母はいない現実だけだった。


フェリカの頬を涙が伝う。
何度泣いても、何度納得しようとしても、どれだけ時間が過ぎても、母の姿を思い出すと涙が滲んでしまう。
暖かな笑顔、優しい声・・・そして、眠るような顔、冷たく硬くなった手・・・。
あんなに柔らかく暖かかった肌は、最後に触れた時はまるで人形のようだった。
きっと苦しかっただろう。自分は何もできなかった。

「・・・ごめん。行こう。」

溢れる涙を慌てて拭い、足早にその場を去ろうとする。
ローレンスは祭りを楽しみに来たのだ。湿っぽい雰囲気で水を刺してはいけない。早くあの活気の中へ戻らないと。

「・・・まぁ?俺に多めに菓子やパンを献上した礼だ。誰に聞かせるのも申し訳ない話でも聞いてやるさ。話してみな。」

正直意外だった。興味なさげに「あっそ」という態度を取られると思っていたからだ。
関わりの浅い彼に聞かせる事にも確かに申し訳なさがあった。でも、心の内を誰かに聞いてほしかった。

「・・・バカにしたりしない?」
「しねぇよ。」

フェリカはローレンスに母の事を話した。ローレンスはそれを黙って聞いてくれた。

「ローレンスは、・・・こういう時、どうやって乗り越えてきたの?」

彼は傭兵だ。こんな事を思っては不謹慎だが、人が亡くなるのを何度も経験しているかもしれない。もしかしたら家族も・・・。

「俺か?俺たちは敵を殺している以上やり返されて殺されもする。俺たちはそういうものだ。だから悲しいと思ったことは無い。」

淡々とした答えだった。

「明日の話ができなくなっても?一緒にご飯食べたりできなくなっても何も思わないの?」
「それって、単純に遠くに行って会えなくなるのとどう違うんだ?それに人はいつか死ぬ。全てには必ず終わりが来る。お前はそれじゃ納得できないのか?」

フェリカは首を横に振る。
ローレンスの価値観を否定するわけではない。彼の回答は冷たいかもしれないが、この事については超現実的で欲のない人なのだと感じた。彼は頭でも心でもちゃんと死を受け入れる事ができている。
一方自分は頭では分かっているつもりでもそれでは納得できなかった。だってローレンスと違って自分は・・・。

「私はきっと欲張りだから、もっと一緒にいたかったって思った・・・。もっと色んな事話したかった。私が成長して大人になるところ、見ていてほしかった・・・。お母さんにもっと生きてて欲しかった・・・!」

自分の未練、後悔、寂しさ、執着。どれも叶わないと分かっている。それでも望んで止まない失われた未来。

「私、どうすれば良かったんだろう。どうすれば良いのか分からないの・・・。」

フェリカはポロポロと涙を流し、静かに嗚咽を漏らす。

「・・・そんな風に考えたことは無かったな。そうか・・・お前はそう思うんだな。」

ローレンスは驚いた顔をしていたが、それでも泣いているフェリカを諭すようにと目線を合わせる。

「・・・なぁ、フェリカ。お前には父親やおばさんがいるじゃねぇか。あいつらはどうなるんだ?あの二人はまだ話せるし、大人になったお前を見てくれるんじゃないのか?それともお前にとってあの二人は大切じゃないのか?」

フェリカは二人の姿を思い浮かべる。

「二人とも大切だよ。・・・でも、お母さんもすごく大切で・・・、会えないことが寂しいの・・・。」
「母親に会いたいのか?」
「うん・・・。」

ローレンスはしばらく考えた後、ハッキリと言った。

「フェリカ、断言する。お前は最後に必ず母親に会える。」

嘘や誤魔化しに感じない妙に確信めいた言葉。

「私はお母さんに会えるの?」
「ああ、会える。」

まるで迷子のように泣いている少女の目をしっかりと見つめ、ローレンスは頷く。

「もし最後まで待てないならこの街を出てもっと遠くに探しにいけ。ただしお前の父親やおばさん、他にもいるかもしれないが大切な奴らを捨てていく事になる。それでも母親を探しに行くか?」
「ローレンスは何か知ってるの?」

フェリカの問いにローレンスは答えない。

「私は・・・。」

自分をここまで育ててくれた、心配をかけさせてばかりの父。
小さい頃から気にかけてくれ、フェリカを元気付けようとしてくれたおばさん。
二人とも大切で、別れることは寂しい。
ローレンスの言う通りあの二人ともまだ話したい、大人になった姿を見せたい。
もし母を探す旅を選んだら、確実に未練や後悔が残る。
それならば答えは一つ、自分のやることは決まった。

「お父さんやおばさんと一緒にいる。まだ二人に恩返し、できてない。」
「そうか。」
「それに、胸を張ってお母さんに会えるようになりたいから。最後にとっておく。」

フェリカは赤く腫らした目をもう一度拭うと、意思を持ったまっすぐな目でローレンスを見つめる。

「よく言った!ほら、俺からのエールだ。決意表明に添えてやれ。」

そうローレンスは花を差し出して笑った。
ローレンスの笑顔に元気をもらうと同時にまた、昔神殿で自分を助けた男性の姿が重なる。
嗚呼、本当に似ている。違うと分かっていても、ほんの少しだけ、彼があの男性ではないか思ってしまう。

「ありがとう。」

フェリカはローレンスから受け取った花を墓前に供え、祈りを終えると少し微笑んで振り返る。
形見の指輪が煌めいた。

「・・・行こう。」
「もう大丈夫か?」
「うん、大丈夫!」

二人の去った後、墓前に添えられた花がやさしく風に揺れた。

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