襤褸まとう忠狼
Work by もっさん
(いったんは黙って話を聞くしかないか……)
意識を切り替えるためルカは佇まいを直し、二の句を待った。「なんだ、ちゃんと『待て』ができるじゃないか」と煽る言葉は、数多の苦虫を噛み潰しかろうじて流す。
さて、とひと言おいてからドルバレコは再び口を開いた。
「君も承知の通り、我々イクスは種族ごとに多種多様な能力を持って生まれる。炎を吹く器官をもつ種族や、水中でも長く息が持つ種族、背中に羽をもつ有翼人種あたりは人口も多いため、君も馴染みがあるだろう」
急に何の話だと思いながらも、ぎこちなくルカは頷いた。
市井には種々の能力を持つイクスが暮らしている。
特に炎は様々な加工業、長く持つ息は水産業、有翼は運送業などで活かしやすい能力だ。これら生活面に汎用性が高い能力ほど食い扶持を得やすかったため、同様のイクスは自然と帝国内に広がっていった。
「社会生活に密接な能力を持つ種族ほど数は増える。ではここで一つ問題だ、ルカ・ベルソルツ士官候補生。今日におけるイクスの多寡について、人口が少ないのはどのような種族か?その傾向を答えてみたまえ」
ゆっくりと足を組みなおし問うてくるドルバレコに少々、面食らう。いきなり投げられた質問の意図も読めなければ、試すような物言いにも釈然としない。
ルカは怪訝なまなざしを返したが、当の出題者はにこやかな笑顔を崩さず黙って返答を待っている。どうやら答えを出さない限り話を進める気はないらしい。
「……人口が少ないイクス、ですか」
答えない訳にもいかず、ひとまずルカは顎に指を添え思考した。
(自然淘汰されることなく、今でもその血統を引き継ぐ種族といえば……)
真っ先に思いついたのは辺境伯だ。異国との軋轢が生まれやすい地を拝領する彼の一族は、イクスの中でも並外れた膂力があり、別格の武勇を誇ると言われる。
また然る国では偽証を見抜く稟性を持ち、ユノン教団の懲罰部門に任ぜられるイクスがいると聞いたこともある。
いずれも唯一無二の能力を持つ名家だと聞き及んでいる。傾向とは社会的に地位が高いことだろうか。
(いや、それは本質じゃない。肝心なのは何故、高い地位に据えられてきたのかだ)
諸々、浮かんできた知識の共通項をたぐり寄せ、ルカは解答を口にした。
「能力が類まれで際立っています。多数種族では肩代わりできない職務領域を担っており、重用されることが多いです」
その言葉を待っていたかのように軽くドルバレコは頷いた。
「その通りだ。まぁ学年主席なのだからこの程度、答えられなければ教官の顔にヘドロを塗りたくるというもの」
いちいち嫌味を噛まさないと気が済まないのだろうかと、ここまでくるといっそ感心する。
辟易とするルカだったが、ありがたいことにそれ以上、嫌味が連なることはなく、話はすぐ元の軌道に戻った。
「少数種族は稀有な稟性があり、多数種族よりも強く、より顕著な能力を持つ。とりわけ注目すべきは古い血脈を受け継いできた一族ほど、その傾向にあるということだ」
そこまで話すとドルバレコは急に言葉を切り、やおら流麗な所作でこちらを指さしてきた。一体なんだと、たじろぐルカをよそに彼は意味深長に瞳を細める。
「アルヴェリターレのベルソルツ家といえば、数千年単位の系譜をもつ一族。そして類まれな強健さを持つことでよく知られるイクスでもある。元はその強靭さを活かし岩塩採掘を始め、手ずから売りさばく、しがない商人だったそうだが、今やその事業は世界中にまたがる規模。影響力の大きく、耳目を集める一族と相成った。しかし注目の高さに反して、彼らの身体メカニズムについては杳として解明されていない」
息継ぎがてらドルバレコはとぼけるように小首をかしげた。
「いや、より正確に言えば違うか。『強健さ以外に、まだ別の能力があるのでは?』と研究者たちからは目されている。……何故そのような憶測が立つと思う?」
そんなことを訊かれても分かる訳がない。困惑のあまりルカは狐につままれたような顔をした。
(別の能力といったって、うちの一族に体の頑丈さ以外の能力があるなんて、聞いたことがない。そもそも学術畑でそんな風に噂されているのだって初耳だ)
幸いなことにルカが深く思案するまでもなく答えは示された。
「ベルソルツ家がとかく自分たちの情報を隠したがるためだ」
「隠したがる……?」
少し遠くを見ながらドルバレコは続ける。
「昔、ある医学方面の研究者がベルソルツ家へ、その類まれな身体の強健さについて調べさせてほしいと、研究協力を申し入れたことがあった。一族の生まれ持った体質を調べることで、多くの人が救われるかもしれない。どうか医学の発展のために身体サンプルをご提供願えないかと、礼を尽くして書簡上でのやりとりを重ねた者がいた」
ドルバレコのわざとらしい溜息が落ち、机上にある燭台の灯がゆらぐ。
「しかし申し出が実を結ぶことはなかった。最終的に研究者のもとへ返された書簡には、まったく取り付く島もない返事が綴られていたという。いくつかの研究機関からも似たような申し入れが出たが、頑としてベルソルツ家が催促に応える事はなかった」
おまけに、と付け加えてドルバレコは肩をすくめる。
「病しらずの体質ゆえ、身体に関する情報が医学方面に全く共有されない。結果、依然として情報がつまびらかにされることはない」
次から次へと出てくる情報の多さに、ルカはいよいよついていけなくなってきた。
希少な能力を持つイクスの傾向、並びにアルヴェリターレ本家の隠匿体質……。それらが繋がっているとでも言いたいのだろうか。
(おそらく、そう言いたいんだろう。この人の性格上、そうじゃなきゃ話題にださない)
さっさと結論を欲しくなってしまうが、「待て」を解かれていない以上、余計な口出しをする訳にもいかず、ルカはまんじりと眼前の人物を見た。
「あぁ、そうそう。協力要請といえば、私も本家ベルソルツ家へは幾度となく私書を送っているのだがね、すげない返事しか返ってこず。あの手この手で歓心を買おうとしたが、露ほども有力な情報は得られなかった。ならばと思い、アルヴェリターレから遠くはなれた傍流の家に働きかけたこともあったが、なんと本家の方から直々に断り状が送られてきてしまってね。興味本位に詮索をするな、と念押しされてしまったよ」
髪の毛の一本でも寄こしてくれれば良いとまで譲歩したにも関わらずにだ、とドルバレコは投げやりな声音と共に片手で宙を払う仕草をした。
とことん骨折り損だったよと、ぼやく彼は止まることなく愚痴る。
「太古より続く血統の神秘性を保つためなのか。あるいは、帝国にアルヴェリターレの名家が便宜を図ったと露呈すれば差し支えがあると思ったのか。研究者たちの間ではあらゆる憶測が入り乱れたが、結局のところ納得のいく答えはでていない。確かなのは、いずれにしても要請が袖にされ続けてきたことだけだ。それも頑なにね」
やや大仰に肩を落とす素振りをした後、居住まいを正したドルバレコは改めてルカを正面から見澄ました。
口端だけをつり上げて笑う彼の瞳に、自分はどのように映っているのだろうか。ネズミか、はたまたモルモットか。いずれにしても厭わしいことに変わりはない。
深く考えると気が滅入りそうだと悟ったルカは、それ以上の思索を断ち、無遠慮なまなざしを甘んじて受けた。
「ベルソルツ家の一連の反応、摩訶不思議だと思わないかね?」
「……と、いいますと」
またも問答か。いい加減うんざりしてきたルカは溜息をつきかける。遠火であぶられてきた神経も、そろそろ焦げ付いてきそうだった。
「ベルソルツに連なる一族が強健な身体を持つことなど、イクス研究者にはよく知られていることだ。だというのに、これ以上の詮索はするなと言う。これは探られたくないことがあると言っているも同然ではないか?」
「貴方の場合は、単に呼びかけが不興を買っただけなのでは?」
品定めをするような目つきに居心地が悪くなり、つい憎まれ口が転がり出てしまった。
流石にまずいと思ったのもつかの間、汗を垂らすルカの前でドルバレコは大層さわやかに相好を崩す。
「この恭謙にして能文な私を捕まえてよく言う。鋼鉄並みに頭の固い師と違って、君は冗談が達者だな。将官よりも話芸家を目指すといい」
臆面もなく言い放つドルバレコは、毒を吐いているとは思えないほど清爽だ。一つ叩けば十は反響してくるその様相に気圧され、ルカは大人しく口をつぐんだ。
(フェデルタ教官のことを引き合いに出せば、俺が黙ると分かってやっている……。性根がひねているのも大概にしてほしい)
眉根を寄せるルカだったが、続くドルバレコの台詞で苦々しさは更に増すこととなる。
「それにしても口惜しいことだ。その強健さの理由が少しでも分かれば、いくらでも軍事利用ができそうだというのに」
(……せめて平和的に使おうとは思わないのか)
この分だと不興を買ったというのも、あながち邪推ではないのかもしれない。
「ともあれ、話を戻そう」
優雅に弧を描く口元を割り、ドルバレコは仕切り直した。
「一つ、少数種族は多数種族にはない、稀有な能力を持つ。二つ、ベルソルツの一族には『身体の強健さ以外にも特殊な能力がある』と考えられている。三つ、当のベルソルツ家はそれを執拗に隠し立てしている。そして、それら全てを結びつけるのは――これだ」
不意にこつりと硬質な音が立つ。
ドルバレコが取り出したのだろう。机上には家宝のペンダントがいつのまにやら置かれていた。
橙色の明かりを照り返し艶めくトップを、彼は爪先でこつこつと叩いて示している。もっと丁寧に扱ってほしい、と出かかった言葉を飲み込み、ルカは瞳をすがめた。
「先ほどの仮説ですか。器、だという。……それとペンダントにどう関係があるとお考えですか」
「ベルソルツ家が秘匿しているのは、この先祖伝来の貴石から記憶を読み取る能力ではないかと考えている。……情報が流れ込んできても受け止める器がなければ、ただこぼれ落ちていくだけ。本家ベルソルツ家の血を濃く受け継いでいる君という器があってこそようやく、この貴石は効力を発揮したのではないかと。そういう仮説だ」
言われたことを咀嚼する間もなく、ドルバレコの言は展開される。
「考えてみたまえ、仮にそんな能力が一族にあるとすれば執拗に隠すのも頷ける。媒体とする貴石を怪しまれない程度に小さく加工すれば、あらゆることを盗み見できるのだから。例えば、邪魔者をハニートラップに嵌めて貴石に記録し、その痴態を事細かに本人に耳打ちすれば、傀儡の出来上がりだ」
妙に弾んだ調子で物騒なことをのたまう眼前の人物に、ルカは嫌悪感を禁じ得なかった。その顔色を察してかドルバレコは笑みを深め補足を述べる。
「悪趣味だと思うかね?しかし、この仮説が真だとすれば、権力者にとって都合の良いことこの上ない能力だ。なんせ、敵対者を潰す口実が容易に出来る。特に為政者からは歓迎されるだろう。いや、むしろ逆か。都合の悪いことを掌握されぬよう、目をつけられるかもしれないな」
後半からはもう、一人だけの世界に入り込んだように呟いていた。事柄の発展性をつい考えたくなるのは研究者気質ゆえなのだろうか。いや、目の前の人物がとりわけ邪悪なのだと、ルカはすんでのところで思い直す。
「まぁ、東西南北に商圏を伸ばすベルソルツ家としては、そのような厄介ごとに巻き込まれたくはないだろうがね。執拗に隠すのも納得いく。――さて、ここまで聞いたんだ。当事者としてご意見、ご感想を頂けるかね、ルカ・ベルソルツ?」
ひとしきり述べられる悪辣な発想を頭上に流していると、区切りをつけたらしいドルバレコが水を向けて来た。
「そう、ですね……」
言葉の奔流から解放され、ようやっとルカは頭の整頓を始めた。
貴石とベルソルツ家にあるとされる未知の能力。アルヴェリターレ本家の隠匿体質。思いもしなかったことや初めて聞くことだらけで、脳内は右往左往している。
「正直なことを申し上げると、まだ雲をつかむような感覚です」
それにドルバレコの言うことは本人の言う通り、あくまで仮説の話だ。現状、限定的に見えている情報から逆算して推論を立てているにすぎない。確たる証拠はなく、検証によって裏付けがある訳でもない。
(それでも……)
傾く思考の中で、底流に存在し続けている鮮明な光景がよぎる。
こちらを見下ろす、底冷えする瞳。無感動に佇む青銀の子供。
あの光景が事実を切り取ったものだとしたら。本当に、過去の回想だとしたら。
(やっと話を一歩前へ、進めることができる)
何を掴むでもなく水中をもがき続けてきたが、ようやく木切れの一つを手にした。そんな心地だった。
「まぁ一度に色々言われても混乱するだろう。無理もない」
考え込んだ結果、黙る形になってしまったルカにドルバレコから鷹揚な声がかかった。と、同時にカタンとした軽い音が立ち、ルカは反射的にその方向へ首を動かす。
「……で、混乱しているところに申し訳ないが、まだ話は終わっていない。ゆっくり考えるのは後にしてもらおう」
燭台の光が届かない机の端。その先へ腕を伸ばしたドルバレコが引き寄せたのは書見台だった。台座には小さいコルクボードが立て掛けられており、いくつかの紙が鋲で留められている。
(何だ……?――っ!)
朧げな明かりに晒されたものを認め、ルカは息を飲んだ。
こちらにも見えるように向けられたのはいくつかの検案書だ。数えて三枚。
そのどれもがよく知る内容のものだった。
家族の死因――何も分からないことが分かった、と不毛な文面が綴られたものだ。
「せっかくご足労頂いたのだから、もう少し発展的な話をしよう。君のご家族の死因について、私なりに再考してみた」
「再考、とは……?」
降って湧いた言葉に率直な疑問を浮かべ、検案書とドルバレコの顔を見比べる。
「家族の遺体からも、帝都に持ち帰った遺体からも、大した手がかりを得られなかったはずでは?死因の特定は未だに不可能だと伺っていますが……」
「その通り。だから、これから言う事も推測にすぎない。しかし君からの貴重な情報提供を組み込んだ上での一考だ。停滞しきった上層部の連中よりかは、よっぽど実のある話ができるだろう」
ここまできて聞かないという選択肢はないだろう?と、ドルバレコは誘うように手をひらりと揺らした。無論、彼の話を遮るつもりはない。戸惑いつつもルカは頷いた。
「宜しい。……君も言った通り、帝都での解剖では有力な情報を得られなかった。身柄を拘束された痕もなく、薬を盛られて体の自由がきかなかった形跡もない。匪賊の可能性は否定されている。『黙って焼かれるのを待ったも同然』などという奇怪な形容を覆す痕跡はなかった。しかし君の報告から確認できた住民たち、特に君の父君の様子を鑑みるに、物理的脅威が直接的な死因ではないと私は考えている」
前のめりになったドルバレコが机上に肘をつき、こちらに迫ってくる。語りには恍惚がにじみ、徐々に住民達というよりは父、ひいては一族をどうすれば殺害できるのかに話が移行していく。
「当該事件においてベルソルツの一族すら害する方法――あるとすれば、肉体ではなく精神を害することだろう。つまるところ死因とは、狂死だ」
にわかに醸し出される妙な空気に戸惑いつつもルカは首をかしげた。しかしそれは推測を否定する意図があった訳ではなく、疑問が頭をもたげたためだ。
あの夜、人々の気が触れていたのは間違いない。問題は、どうやったらそんな事態が起きるのかだ。
自然現象ではありえない。誰がどのような手段を講じ、いかなる意図を持って実行したというのか。
「現イクス研究の知見において、ベルソルツの一族を害する方法は二つあるとされる。一つは強制的に食を断ち餓死させること。もう一つは眠らせずに精神を攻めること。過度な睡眠不足は身体はもとより精神にも多大な負荷がかかる。後者はまさに今、君も痛感しているところかな」
思い出したように走る鈍痛に、ルカはこめかみのあたりを揉みながら肯定を返した。
「ご家族の遺体の状況から見て餓死ではない。また、長時間眠らせないなどと拷問めいたことが行われたとも考えにくい。では何が彼らを死に至らしめたのか?……ここにおいて重要なのは、ベルソルツの一族は肉体こそは強くとも、精神の脆さは並みのイクスとなんら変わらないということだ」
不意にコルクボードの後ろから伸びたドルバレコの指先が、するりと陶酔めいた動きで板枠を撫でる。
(笑っている……)
このいかがわしい研究者が笑んでいるのはいつものことだ。しかし常であれば彼はもっと作り物のような表情をする人物だったはずだ。
それが今はどうだ。心底嬉しそうに目元を緩め、ほの暗い空間の中で熱に浮かされたような微笑をたたえている。繊細な指の動きはまるで恋人の頬を優しく愛撫するかのようだった。
どこで何のスイッチが入ったのか、本性が露わになったのだとルカはぞわりと直感する。
「精神を犯された。命がついえるほどに」
睦言のように声はしとどに紡がれた。
「それがどんな手段かまでは特定できないがね。精神に干渉するイクスなど随分と数が限られている。そして、そのほとんどは能力の希少さから要職に据えられる事が多く、仔細はよく知られている。一応、彼らについて取りまとめた資料を歴覧したが、発狂死させるほどに精神干渉ができる種族はいない。よって、今回の件で嫌疑をかけられそうな種族はいない」
死への探求に耽っていた研究者は、ゆっくりと惜しむように瞬きをする。再び開かれた瞳は、冷え切った黄金色をルカと結んだ。
どうやら自身で酔いを醒ましたらしい。
「現状、私からの推測は以上だ」
「……お聞かせ頂き、ありがとうございます」
戻ってきた平坦な声音にルカは、ほっと息をついたと同時に眉根を寄せた。
総括してみれば、死因に関する話はたいして進展していないように思える。狂死と言われても、そうだろうなと。ルカ自身も可能性として頭に置いていたことだった。そこに研究者からの理屈が加わり、整備されただけのように思う。
「どのようにして殺害されたのか」を知りたかったのは確かだ。しかし、それは「誰が」したことなのかをたぐり寄せるための契機にすぎない。
しかし、ドルバレコから語られたのは「殺害方法が分かったところで誰にも繋げられない」という、なんともぐったりとする言葉だ。
辿るべき道は途絶えてしまった。あの子供が佇んでいる場所への地図を手にすることは、出来ず仕舞いだ。
「――時に、君からの調書にあった不審な子供について尋ねたいことがある」
静寂を切った言葉に、ルカは徒労感に満たされた頭を跳ね上げた。
「以前、君が言ったように現状その子供が全ての元凶とは言い切れない。しかし渦中に近しい所にはいるだろう。何者なのか特定するために私と君とで情報のすり合わせを行いたい」
逸る気持ちを宥めるように胸元を押さえ、背骨を伸ばす。
「何なりと」
「では訊こう。件の子供に心当たりは?村の子供ではないのかね」
首を振って否定しつつルカは故郷を思い起こした。
「おそらく村の者ではありません。村に住む子供の顔は全員把握していますが、あのような外見の子供は見た覚えがありません」
僻地の小さい村だったため、年端も行かぬ子供は片手で数えるほどしかいない。村に住む大人であれば、顔を見るだけでその子供がどこの誰なのか分かるほどだった。
ルカ自身も帰省する度、都での土産話をせがまれていた身として、子供たちの顔と名前は承知している。
(顔の半分を隠す青銀の髪に、氷河のような青い瞳……。あんな目立つ外見の子供がいたら覚えているはずだ)
親にあたりもつかない。
「住民名簿を総ざらいしましたが、該当しそうな子供はいませんでした」
軍がまとめた死者名簿によれば、住民は一人残らず焼死している。その中に覚えのある子供たち全員が記載されているのは確認済みだ。
例の子供は確実に村の者ではない。
「一応、訊くが近隣の集落から迷い込んだ可能性は?」
「それもないと思われます。一番近場の村でも大人の足で半刻ほどかかる上に、いくら治安がいい地域とはいえ、近辺の森林には狼や猪がでます。まともな親なら日が暮れてから外に出しておかないかと」
なるほど、と返すドルバレコの声にはこれといって感慨はない。おそらくこちらの返答は想定していたのだろう。彼はいくつかの書類を手に思案顔で小さく唸った。
「青銀色の髪とは珍しいな。それと青い瞳の組み合わせか。このあたりに住む種族にはない容貌だ。種族分布で特定するのは難しいか……」
ぱさりと机上に投げられた書面は、細かく書き込みのなされた地図だった。種族分布という言葉にドルバレコの思考の先を理解する。
マーレ村をはじめ周辺の集落は沿岸部に集中しているため、漁業に適性のある一族が多く定住している。その中に例の容貌を持つ一族はいないということだろう。
ルカはあの夜の光景を思い描き、じっと考え込んだ。
イクスは種族や一族によって容色が似通ってくるが、その特徴はとりわけ髪や瞳に現れやすい。
――青銀色の髪。銀髪自体が既に珍しいが、そこに青色が重なるのは更に珍しい。あれはどの種族の系譜を継いでいるのだろうか。ルカの知識では答えに及ばない。
大火が傍にありながらも橙には染まらず、月光のように怪しく光る髪と、その下の茫洋とした瞳は頭に焼き付いて離れない。
記憶はこんなにも鮮明だというのに、今一つ届かない手に内心でルカは歯噛みした。
「熱にあぶられることも厭わず、外から窓に顔を寄せ、こちら――君の父君の様子を窺っていたと……。まるでしっかりと息絶えるのを見届けていたようだな」
紙面に目を落としたドルバレコがぽつりと呟く。声に先ほどのような熱はなく、純然たる思索がそのままこぼれ出たようだった。
緩慢な仕草で足を組みなおした彼は、静かに続ける。
「これは推測ではなく単なる憶測だが。狂乱の村でただ一人、無事な人物がいたとしたら……。それは運よく騒動に巻き込まれなかったか、あるいは――」
考えをまとめながら喋っているのだろうか、そろりとした口調だった。しかし続く言葉には鋭さが宿る。
「――発狂そのものを仕組んだ張本人あたりではなかろうか」
憶測と言いつつも確信めいた声音だった。知らず知らず、ルカは詰めていた息をほどく。
「やはり、そう思われますか……」
かねてより抱いていた可能性に初めて同意者が現れ、ルカは自分でも思った以上に安堵した息を漏らした。
しかしその後に続く言葉に、撫で下ろした胸は焦燥感に上塗りされることとなる。
「当該人物について更に情報を集めたいところだが、情報源が貴石と君に拠るところしかないときた。これでは私の方で今以上の深掘りは難しい。それに、軍としてもそろそろ調査の打ち切りを検討している」
「そんな……!」
乾いた喉からは擦り切れるような声が上がった。打ち切り、という単語が頭にガンガンと響く。
調査が手詰まりになった以上、組織としては手を引かざるを得ないと判断がなされた。そして目の前の研究者も同じ意向だと言う。
客観的に見た場合、事の成り行きは十分理解できる。目ぼしい証拠が一つもない現状を鑑みれば当然のことだ。
しかし納得できるかどうかは、また別の話だった。
「何とか調査の続行を取り付けられませんか!?規模を縮小した上での続行か、もしくは期限を少しでも延ばす事はできないのでしょうか……!」
懇願が先立ち、直立の姿勢を崩したルカは思わず執務机を両手で叩いてしまった。力んだ手の平からは派手な音が響いたが、咎められることはない。
寒々しい密室に残響だけが響く中、無機質に笑むドルバレコは真正面からルカを見据えた。
「それは無理な相談だ」
淡々とした声が耳に刺さり、ルカは瞠目したまま顔をこわばらせる。
この男とはこれまで短いやり取りを数度重ねるのみだったが、それでも察することができた。今の声音は、取り付きようのないものだと。
よく考えずとも相手方の理屈の方が通っている。ドルバレコの軍における立ち位置は分からないが、どのような地位であれ彼だけの裁量で軍を動かすには、必要な人員規模が大きすぎる。動員する人数が一人、二人で済む話ではない。
それを考えればむしろこの場において、士官候補生の分際で食い下がろうとしている自分の方がどうかしているのだ。
道理は分かっているつもりだ。しかし閉ざされようとしている扉をどうにかこじ開けられないか、前へ伸ばす手は止められない。
感情の読めない黄金色と視線をぶつけ、ルカは脳内をめまぐるしく働かせた。軍にも、この眼前の研究者にも、調査を続けてもらうための屁理屈をこねまわす。
(どうしたらいい……どうすれば……)
しかし甲斐なく、もっともらしい方便は思いつかないまま、ルカは何度か口を中途半端に開けたり閉じたりするしか出来ない。
(…………)
そう長くない沈黙を経て結局、先に視線を下げたのはルカの方だった。
深く長い息が腹底から出る。呼気に言葉を乗せることはなかった。
周囲を動かすための手立てが一つも思いつかない以上、二の句の継ぎようがない。苦々しい面持ちで机上についた手を見下ろすことしかできなかった。
その様をドルバレコはしばらく無言で見上げるのみだった。しかし、言葉なく項垂れたルカの様子に往生際をわきまえたと判断したのか、演技がかった仕草で肩を竦めてみせる。
「こればかりは致し方がない。上も五里霧中のまま、いたずらに時間や資源を投じることはできないのでね。少し前から未解決のままに事を処理するため、時宜を見計らっていた」
ルカが力なく顔を上げると、ドルバレコは憐れみを伴った苦笑を唇に乗せた。
「できる限りのことはしたつもりだ。上も、私もね。今回の件は無駄にはしない。特に父君の死に様は、ベルソルツの一族を研究する上で大変興味深い内容だった。客観的な証明ができない情報ゆえ、これを研究者界隈に共有できないのは残念でならないが……。有効活用できるよう努めるとしよう」
「…………」
冷え切った部屋に重い静寂が訪れる。
ドルバレコは話に一区切りがついたと見て言葉を切ったようだが、相対するルカが沈黙したのは言うべき言葉を無くした訳ではない。
言いたいことは山のようにあるが、口を開くことができなかった。唇にほんの少しでも隙間ができれば、加減もきかず罵倒がとび出てくると分かっていたからだ。
釈然としない想いが全身を駆け巡り、ふつふつと煮えたぎる。
「死に様」だの「有効活用」だの、人の死を軽んじ、命をモノ扱いするのはやめろと口の端まで出かかるが、かろうじて押し殺した。
舌にじわりと鉄の味が広がる。
言葉の代わりに睨みあげても、ドルバレコは涼しげな微笑を崩しはしなかった。何か不服かな?とでも言うように、そらとぼけて鈍い振りをしている。
この男の澄ました顔がこれほどまでに憎々しく見えたことがあっただろうか。ルカは机上に置いた己の手をつぶれるぐらい握りしめた。
ぎしりと骨に響く感覚もしたが、矛先のない激情はもはや自身に向けるしか逃しようがない。
(……この冷血漢には、感情をぶつけるだけ無駄だ)
起こり立つものを理性でねじ伏せ、ゆっくりと机から身を引きはがした。机上のペンダントを懐にしまい、ルカが再び直立の姿勢をとると、未だ残る剣呑さをものともせずにドルバレコは綽々と口を開く。
「一息ついたようだな。宜しい。では、私からの報告は今回で最後になる。事前の取り決め通り、報酬を置いていってもらおうか」
報酬――ドルバレコに調査を依頼するにあたって交換条件として求められたものだ。動いてもらえるのであればこの際、どんな対価でも払うつもりでいたため、このところ存在自体忘れていた。
「……」
渋面のまま腿へ手を伸ばし、なめし皮の鞘から短剣を取り出す。
求められていたのは身体サンプルだ。頭髪では不足らしく、更に身体情報を読み解けるものを寄越せと所望されている。
「では、こちらに頼もう」
からん、とした音を立て、ふちのついた小さな銀皿が執務机に置かれる。
ルカは逆手持ちにした短剣を右手に、左手にはその刃を直にあてがった。ぴたりと合わせた箇所を上へ素早く引き抜くと、手の平に鋭利な痛みが走る。
「おや随分と気前がいい」
やけっぱちに刃を入れたせいか、だくだくと締まりの悪い蛇口のように血が下っていく。器の表面がすっかり覆われるまで、ルカはそれをぞんざいな心地で眺めた。
対するドルバレコはというと、それはもう上機嫌かつ興味深そうに両手で頬杖をついている。フィナンシェが焼きあがるのを待つ子供のように、しげしげと銀を浸食していく紅色を堪能していた。
もはや、いちいち文句をたれる余力はない。銀皿の浅い底が満ちたのを確認して、さっさと手を引っ込めた。
「手当をしよう。さ、傷口を診せたまえ」
「結構です。この程度すぐにふさがりますので」
皿を片づけ、少しばかり弾んだ声のドルバレコの申し出をルカは即座に断った。このまま流されていれば、応急処置を建前に観察や実験でも始めそうな勢いなのだ。
これ以上この男に拘束されるのは御免だった。
ルカは惜しむような視線を絡ませてくるドルバレコを無視して踵を合わせた。
「お時間を頂き、ありがとうございました。失礼いたします」
とおりいっぺんの挨拶を押し付け、さっと踵を返して扉へと引き返す。
「ドアノブを汚さないでくれたまえよ」
背中にかけられた、いやにのんびりとした声には神経が焼き切れる心地がした。
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