戦の神とエテルマリアの少女
Work by ネオかぼちゃ
「ごきげんよう、諸君。ご足労いただき感謝するよ。」
空間神パルラは席に着く面々を見渡す。巨大な柱の並び立つ審議の場、楕円形の広い机に12柱の神々が集う。
時間、太陽、月、大地、海、天空、豊穣、運命、医学・・・。
それに加え、それぞれの従者が傍に立っている。
そして彼らの視線の先には、今回の主題である鎖に縛られた戦神と、その横に立つ冥府の神。
「これより神議を開始する。今回はボク、大気と空間の神パルラが進行を務めさせていただこう。」
パルラが司会席から開会を宣言する。
「では、今回いくつかある議題の中でまず初めに冥界での件について話を聞こうと思う。この議会の招集を希望したデスラビス。キミの議題を明示したまえ。」
パルラに促されデスラビスが一歩前へ出る。
「今回僕がはっきりさせたいのは、フェリカ・レリーチェという人間の魂の処遇について。それからこちらが受けた損害と、魂を譲渡した場合の補償について。最後に、エテルマリアに出現した魔者についてだよ。」
デスラビスは続ける。
「まず経緯について。そこの戦神ロアは掟を破り地上に干渉した挙句、フェリカと言う人間の少女と交流。彼女の死後、冥界で僕の許可無く彼女の魂を持ち去ろうとした。その際の戦闘で僕自身も胴体を破損して修復のために多量の神威を喪失した。」
「デスラビスの発言について、ロアから何か意見はあるかな?」
パルラに尋ねられたロアは悠然と答える。
「掟を破ったことも地上で交流したことも真実だ。冥界では魂が転生の準備に入る前に止める必要があったから優先して奥に進んだ。デスラビスとの交渉の末に・・・交渉では彼女の魂は手に入れられないと判断して強行策を取ったのも事実だ。」
「・・・なるほど。」
パルラはにこやかに進行を続ける。
「ではロア、どうしてそんなにまでしてあの人間の魂が欲しいのかな?」
「俺はフェリカの事を愛してる。だから欲しい。」
毅然と答えたその言葉に周囲が静まりかえる。
「フェリカとの交流で俺は平和の重要性を知った。あいつのためにこの世界を、人間の世界を守りたいとさえ思った。平和な世界は大切な相手がいなければ意味がない。俺がこの先力に溺れ災厄にならないためにも、俺にはフェリカが必要なんだ。」
ロアの口から語られた、以前の彼からは想像もできなかった理由。
しかし大地の神は呆れたように吐き捨てる。
「くだらない。」
「なんだと?」
嘲るようなその言葉にロアは反論する。
「特定の他者を愛しい、手放し難いと思うのは神も人間も変わらないだろ!それを守るために戦う事の何がくだらない!」
「口では何とでも言える。何度同じような事をしたら懲りるんだ。アガルテ、あんたの治療で治せないのか?」
日頃の行いから周囲がロアに向ける目は厳しい。
「・・・世界を守るとは、キミは具体的にどうする事だと思っている?」
「魔者を排除し、住民を守り、天界および地上各所の破壊を最小限に抑え、最終目的は破壊神を倒す事だ。」
「住民を守り、天界の各所の破壊を最小限に、という点において、他神の保護やキミによる破壊は含まれているかい?」
「・・・ああ。冥界での戦闘について罰は受けるつもりだ。俺は変わらないといけない。だが、フェリカの魂を得られる道は残してくれ。」
今までのロアであれば問題を起こして神々の前に立たされていても不貞腐れたり、周囲を力で脅す手段を用いていただろう。すがるようにも聞こえたその言葉に、それでもパルラは普段通り微笑み返す。
「それはキミ次第だ。どんな事でも良いから、それらの言葉が嘘でないと証明できるかい?」
冥界でデスラビスにも求められた言葉。あの時はまともに答えられなかったが、今は違う。
「俺は今回の件で守護の力を獲得した。」
ロアの言葉と真っ直ぐな表情にパルラは少し驚いた後、興味深そうに返す。
「ほう?それはキミの部下である兵士の守護神や城壁の女神のような力かい?」
守護の力、それは主に物理的な攻撃や呪術を弾く防壁の力である。
守護対象を壁のようなものではっきり防御するレベルから、加護のように攻撃が当たる確率を下げるレベルまで様々である。
この力の発現は素質によるものであり、それを自分や少数を守るだけでなく、広範囲や大人数に与えることができる神々は一握りしかいない。
ロアの部下である、兵士の守護神クローネは戦場で味方の兵士一人ひとりを加護する力を持ち、城壁の女神グラムシルトは自陣の外縁一帯を守護する盾を展開することができる。
「俺が見た限りや感覚的にはそうだった。魔者から街を守ろうとした時、初めて光の盾を出せるようになった。そしてフェリカをデスラビスから守ろうとした時もできた。まだ完全にコントロールできるわけじゃないが、他を守る意思と力がある事なら証明できる。」
光の盾。デスラビスもあの一撃を受ける直前、確かにそれを見たことを思い出す。
「この力を証明するデータはアガルテが持っている。」
ロアの指名を受け、医学の神アガルテが声を上げる。
「・・・では私からよろしいでしょうか。」
「よろしい。発言したまえ、医神アガルテ。」
「では、すでに本人の許可を得ているのでこの情報を開示します。私は先の戦闘の後、ロアの治療をした際に彼の身体を調べました。まず結論を申し上げますと、彼の能力の発現は真実です。」
アガルテは続ける。
「まだ芽の状態なのであの女神達ほどの効果や持続力はありませんが、確認された範囲は最低でもローヴライン共和国の都市エテルマリアを完全に包むほどでした。12神ほどの力があれば更に広範囲に使える可能性もありますが、あとはロア次第でしょう。」
周囲の顔色が明らかに変わる。発現初期の段階でこの範囲には流石に驚きと興味を隠せない様子である。
広範囲を包む防壁は途方もない努力か才能、もしくは膨大な神威による力技だ。
もしも開花した場合のロアの防壁は有用かつ貴重な能力に他ならない。
「こちらが証拠である会議直前の彼の神体データです。」
アガルテはロアの最新の神体情報を投影し、神々に提示する。
「ロアの発言や経緯からも彼の精神、神格に変化をもたらした要因はあの少女の可能性が高いでしょう。もしそうなら、彼女の存在はロアの能力の成長を促す他、彼の危惧している状況・・・戦の性質の暴走を抑止する力にもなるかもしれません。たかが一人の人間ととらえず、一緒にいさせてみるのはいかがでしょうか?私からは以上です。」
「ありがとう。アガルテ。」
アガルテの言葉を受け、パルラはデスラビスに尋ねる。
「デスラビス、キミは今の話を受けてどう判断する?ボクはあの娘の魂を譲渡することにはそれなりにメリットを感じている。」
正直気に食わない。
好き勝手にして、周りに迷惑を掛けて、周囲から嫌われているくせに、欲しいものを手に入れられてしまうこの愚弟が。だがこれは私情だ。自分は合理的な判断を下すだけだ。
そんな気持ちを押し殺しつつ、デスラビスは答える。
「・・・利益があるなら渡しても良いと思う。」
仮面の下の表情は窺い知れない。
「ありがとう。・・・さて、みんなはどうかな?」
パルラの言葉に他の神は口々に意見を述べる。
「別に渡しても良いと思うよ?人間風情、役に立たないと分かったらいつでも処分すれば良いんじゃない?」
「同感だ。あの暴れん坊を抑えられるのに人間一人渡すだけでいいのならくれてやれ。ただし、真面目に世界を守るという言葉を実行するような条件を与えるべきだ。」
全員が譲渡しても良いという意見のようだ。
「・・・さて、利益は示された。では譲渡の話を進めるよ。デスラビス、持ち主のキミがロアに求める対価は何だい?」
デスラビスにとって人間の魂が財産であるように、ロアの持つ財産は当然戦闘に関する武器や防具や兵士達だ。神威で編まれたそれらの性能は申し分ない。
「ならロアの骸殻機関を10体、支配権を僕に切り替えたものを貰おう。」
骸殻機関(ガイカクキカン)。ロアの創り出した、骸のような魂のない兵士達。
一般の神霊より強く硬く、命令を忠実に実行するため、空間の警備と守護を担わせるのには最適だ。
本当にその人間に大きな価値があるなら、10体でも妥当だろう。
「・・・分かった。」
数体でも痛いが、それが対価ならばと同意する。
機能や役割、階級、姿様々な機関の中からデスラビスは10体を選択する。
「・・・対価ともう一つ、誓約をさせても良い?」
「それがキミからの条件であれば提示してみるといい。」
パルラはどうぞ、という風に手で示す。
デスラビスは再びロアに向き直り、条件を述べる。
「その守護の力とやらを天界の役に立つよう育成し、お前の力を全てこの世界を守る為に行使する事を誓え。正当な理由無く住人に暴力を向ける事は許さない。誓いを破った場合、この取引は無効となり、あの人間の魂の所有権は剥奪する。」
「・・・ああ、分かった。俺がフェリカを手に入れられるなら、何だって守ってやる!」
「よろしいかな?・・・では宣誓を。」
パルラの言葉でロアとデスラビスはお互いに向かい合う。
鎖に縛られた状態のロアはそのまま、デスラビスは片手は自分を、もう片手は相手を示し口上を述べる。
「戦神ロア、冥界神デスラビスより提示された条件を守る事を誓う。」
「冥界神デスラビスより、人間フェリカ・レリーチェの魂を戦神ロアへ譲渡する。」
二柱の間で金色に輝く契約書が交わされ、それぞれの体に溶けていく。
「創造神によって神格に刻まれた使命を忠実に遂行しろ。」
そして最後にロアからデスラビスへ、骸殻機関10体の譲渡が宣言された。
ロアの身体の鎖が解かれる。
これでフェリカはもう大丈夫だ。そうロアは静かに喜びと安堵が入り混じった息をつく。
神議で認められたことの意味は大きい。フェリカは天界で最高権力を持つ12神によって天に居ることを許されたのだ。
だが緊張を解くのにはまだ早い。神議はまだ始まったばかりだ。
「それでは魂の譲渡に関する議題は決着とし、次の議題へ移ろう!」
パルラは進行を続け、議論は進む。
今回の冥界襲撃を受け、神々はロアに対しすでに科されている他空間での権能の制限に加え、他神の空間を訪れる際に当該の神の許可がなければ立ち入る事ができないようにすることを決定した。
当のデスラビスはロアから賠償として100年の間継続的に、集まった神威の2割を受け取り続ける事でこの議題は決着した。
その後、エテルマリアに出現した魔者についての情報共有と今後の対策が議論され、下級の魔者が半年の期間を経て急成長したのか、中級の魔者がエテルマリアに流れて来たのか詳細は現在調査中であるが、ロアとレヴィアーナによる魔者の討伐、アガルテの迅速な対応のおかげで特に大きな被害はエテルマリアのみで済んだ結果となった。都市の周辺へ流出してしまった病は治療薬のおかげで徐々に解消されていくだろう、との事だ。
そして他の神々による議題、最後にその他の諸連絡を終え、長くも思えた神議は閉会した。
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