戦の神とエテルマリアの少女
Work by ネオかぼちゃ
「フェリカ。この後ちょっと図書館に行きたいんだが。」
「?・・・いいよ。」
それは古い建物の歴史を解説をしている時だった。
フェリカがあまりにも色々な知識を「本で調べた。」と言うからなのか、ローレンスが本を読みたいと言い出したのだ。フェリカとしてはこれは読書の道へ誘うチャンスとばかりに意気揚々と最寄の図書館へ案内する。
外の騒がしさが嘘のように図書館の中は静かで心地良いひんやりとした空気が二人を包んだ。
フェリカは入るなり深呼吸をする。図書館のこの独特な匂いがたまらない。
目の前には壁一面に敷き詰められた本の山。
まだあの本を読んでいなかったから、今日読むのもいいかもしれない。
そんな事を考えながら、そういえばローレンスはなぜここに来たいと思ったのだろうか。
「急にどうしたの?」
「いや、ちょっと気になることがあってな。俺は本を探すからその間好きなのを読んでていいぞ。」
「分かった。」
ローレンスと別れ、足早に目的の本棚へ移動する。
本はすぐ見つかった。あとは窓辺の明るい席に座れば完璧だ。
席について早速本を開く。本の重さと手触り、紙を捲った時の音と匂いがフェリカの胸を昂らせる。
活版印刷の文字の羅列を目で追いかけるとみるみるその光景が湧き上がってくる。
「・・・・・。」
頭の中に広がる空想風景。
しばらくそうしていると、不意に肩を叩かれた。
驚いてそちらを向くと隣に座ったローレンスがフェリカの顔を覗き込んでいた。
「ごめん気づかなかった。」
「お前は本当に本を読むのが好きなんだな。」
呆れながら笑うローレンスの手元には何冊か本が置かれていた。絵本と歴史書だろうか。
その絵本はこの国の神話、皇帝カイルスの話だった。
地上で争いに明け暮れていた戦いの神様と王様が、天から遣わされた4柱の神に倒されるお話。
戦いの神は倒され、王様の国は滅びて地上に平和が訪れるという、よくある、悪い行いをした人や欲を張った人に天罰が下る寓話だ。
絵本には残酷な戦争の様子や、精悍な神々が王様と悪神を討ち取る様子が描かれている。
カイルス帝もその王国も実在したかは分からない。
ただ、どの時代でも人々は戦争を恐れ、平和を願っていることは分かる。
帝国だった地域の国々は長い時を経て今はローヴライン共和国と呼ばれている。
ローレンスはその絵本をつまらなそうにパラパラと読み終えると、続けて歴史書の方に目を通し始めた。
フェリカも自分の本に視線を戻し、しばらく二人で本を読んだ後、ローレンスが満足したあたりで図書館を出た。
「叶うことならずっと本を読んでいたい。」
「ほら次行くぞ次。」
名残惜しそうに図書館を見つめ続けるフェリカをローレンスは引き離す。
次の目的地を目指す道中、フェリカはローレンスに尋ねる。
「この近くに勝利祈願の神殿があるけど、ローレンスはお祈りしていく?」
「・・・行かない。ここの軍神、守護神は悪神を倒した4柱だろ?」
ローレンスは口を尖らせそっぽを向いている。
「この国の成り立ち上、そうだね・・・。戦神ロアの方はその・・・あまり。」
彼の背中から何だか哀愁を感じる。傭兵のローレンスにとって一番信仰している神の扱いがこんなだからショックなのだろう。
「でも、この国全体がそうじゃなくて、ロアの方を信仰している人もいるから元帝国の中心だった地域には立派な神殿があるし、それに、周囲の国からしたら侵略者、悪神だったかもしれないけど、帝国側からしたら恩恵をもたらし国を護った守護神だったんだろうなって思うよ。」
フェリカの必死のフォローにローレンスは「まぁそうだよな。」とだけ呟き、歩き出す。
「そういえばローレンスは歴史が好きなの?それとも神話?」
「戦争が好きなだけだ。」
「・・・・そう、なんだ。」
その言葉にフェリカは少しショックを受けた。
戦争が好きというのは、上手く表せないが決して良くない、恐ろしい事だと思ったからだ。
休憩に石橋の麓から水路を眺める。
「・・・ローレンスは向こうではどんな風に過ごしているの?戦場の話とか・・・。」
「お前にとっては嫌な話、怖い話かもしれないぞ。」
「私と違う人を知っておきたいから。それに、無知でいたくないから。」
知って何が変えられるかも分からない。でも知らなければいけない気がした。
フェリカの真剣な眼差しをローレンスは受け止め、微笑む。
「分かった。じゃあ教えてやる。」
そうして話を聞かされた後のフェリカがしおしおになったのは言うまでも無い。
ローレンスの事は少し分かったが、フェリカには理解できなかった。
戦いが楽しいとか、戦うのが好きとか、彼にとって戦争はエンターテイメントであり、人の営みの一つであるとか、絶対共感できない。
「人を殺すのが、楽しいの?」
フェリカからのその問いにローレンスは考え込む。
「・・・確かに最後までやってこそ完全な勝利だな。それも含めて俺は戦いが好きだ。」
やはり彼は人の死を現象として割り切っている。
「自分が殺されるかもしれないのは、怖くないの?」
「怖くはないな。あの命のやり取りの緊張感がたまらない。だから強い奴と戦えた時は最高だな。」
「・・・変態。」
しかもギャンブラーの気質がある。いろいろと危ない。
「なんだよ、お前も本を読んでて緊迫したシーンに刺激を覚えないのか。」
確かにそういったシーンに心動かされる事もある。だが・・・、
「空想と現実は違うよ。人が殺されるのも殺すのも、私にとっては怖い。だって、みんな私達みたいに意思があって、感情があって、大切な人がいたりする。明日を生きたいと思ってる。それを奪うのも奪われるのも怖いし、悲しいよ・・・。」
「お前はそれでいい。いや、普通はそうなんだろうさ。だが俺は違う。例え相手が何者でも関係ない。鉄火を持って戦場に立った以上一人の戦士、一人の兵器だ。敵として存在するならば戦い、殺す。それが俺の戦場だ。」
本当に彼は、戦いにおいて冷徹で、容赦がなくて、キッパリとした信念と価値観を持っている。
戦闘を楽しみ、罪悪感も悲しみも抱かない精神性。兵器としての才能。
戦場に立つローレンスは広場で暴漢に囲まれた時のように、あの冷酷な目できっと楽しそうに笑っているのだろう。
いつもフェリカが目にしているあの無邪気に笑う姿とは違う彼。
彼は人を傷つけ殺しても尚、普通に笑えている。それがフェリカには理解できなかった。
これが戦場で育った人間なのか?
夕日が世界を赤く染めていく。黄昏が彼の姿を分からなくしていく。
彼は怪物?それとも人間?あなたは一体何者なの?
日が暮れ、街に明かりが灯り始める。
フェリカの暗い表情に気付いたのかローレンスは静かに口を開く。
「・・・フェリカ。俺の話を聞いて、今年で会うのを最後にするって言うのなら俺は構わないぞ。」
ローレンス自身も理解されない事は分かっているようだ。それでも話してくれた。
あのお墓の時の自分のように。知ってもらうために。
「・・・ううん、ごめんなさい。ただ、あなたを知りたかったの。教えてくれてありがとう。」
それに、話を聞きたいと言ったのは自分だ。
彼は彼の価値観があり、自分はそれを理解できなかった。しかし彼を知ることができた。今はそれでいい。
知ることは大切だ。
だがそもそも全てを理解し、何者かを判断しようなんて傲慢だった。
彼を嫌いになったわけではない。
でも本当は、自分にとって「理解できない、間違っている世界」にいる彼を諭すことで、自分の信じる「理解できる、正しい世界」に引き留めたかった。
だって彼は初めての友人で、いつだって自分にとってヒーローなのだから。
人の死を「そんなもの。」で終わらせないようになって欲しかった。大切な人の死を悼めるようになって欲しかった。
自分の理想に当てはめようとした。本当に欲張りだ。
川向こうから音楽が聞こえる。レストランの前で生演奏が始まったようだ。
「ん。ほらフェリカ。今年は踊れるようになったか?」
ローレンスが手を差し出す。
「・・・おばさんに教えてもらったよ。」
この国の伝統的な踊りとは少し違うが、二人手を取り踵を鳴らしくるくると踊る。
ここは橋の麓、水路側へ行かないようローレンスがフェリカの手を引いた。
「落ちるなよ。」
彼のこういう部分にドキドキしてしまう。しかし同時に、手を繋いでいるのに彼の存在が遠く感じる。
彼は確かに狂気的な一面を持つのかも知れない。
それでも自分はローレンスを怪物ではないと信じている。彼は人を守る為に動ける人だということを知っている。
それに自信家で、音楽や踊りが好きで、子どもっぽくて、ご飯を美味しそうに食べて、優しくて、ドジな面もまた彼だ。
だからまだ、この手を繋いでいたい。
「ローレンスこそ。」
せめて彼が怪物に落ちないように繋ぎ止められたらと思いながら。
◆◇◆
祭りの最終日。この日は土砂降りの雨が水面に映る街の像を乱していた。
神殿の入り口で二人、濡れた街を眺める。
「今年はパレードも花火も見れないね・・・。」
「また来年見れば良いじゃないか。」
「また来年も同じように見れるか分からないもの。」
だって傭兵であるあなたとはいつ会えなくなるか分からない。
そう口に出すことはできなかった。
「来年が駄目なら再来年だってあるだろ。その先だって。だからそんなに落ち込むな。」
せめて何か安否を確認できる方法が・・・。そう思いフェリカはふと思いつく。
「ローレンスは字の読み書きはできる?」
「当たり前だ。」
「手紙・・・送ってほしい。」
「手紙ぃ?何書けば良いんだよ。」
フェリカの提案にローレンスは眉をしかめる。
「なんでもいいよ。次の祭りに来れるかとか、何か出来事とか。」
「面倒だな・・・。」
「ローレンスが無事だって知りたい。無理にとは言わない・・・。」
「・・・分かったよ。祭りの前には送ってやるよ。」
無事を知りたい、その言葉に渋々ではあるが快諾してくれた。
「ありがとうローレンス。」
その日は雨の中、手を振るローレンスを見送った。
自分ができることは、せめて彼の無事を祈ることだろう。
戦神ロアと兵士の守護神クローネの加護がありますように。
だからどうか、また元気で会いに来てほしい。
来年も再来年もその先も、私はここであなたを待っているから。
そうして二人の交流は続き、気づけば最初の交流から5年の月日が経っていた。
ローレンスの手紙はいつも祭りの数ヶ月前に届き、届いた小包の中には異国の本と短い手紙が添えられていた。
表紙を見て選んだのか、美しい植物の装飾が施された本はフェリカの目を輝かせた。
せっかくのお土産をちゃんと読んでローレンスに感想を伝えようと、いつも翻訳しながら最後まで読み切るのだった。
そんなローレンスからの贈り物も、彼が島を訪れる事も、フェリカにとって大きな楽しみとなっていた。
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