戦の神とエテルマリアの少女

第1章 再会

Work by ネオかぼちゃ

この世界は1柱の神によって創られたそうだ。
その神は時間、空間、生死、太陽、月、大地、海、天候、豊穣、運命、医学、戦の12柱の神を造って世界の要とし、さらに人を始めとするあらゆる生き物をこの地上に造ったという。
神々は天界という場所に住まい、世界の均衡を保っているのだとか。
これがこの世界の一番最初の物語。


◆◇◆


外から楽しそうな人々の話し声、音楽が聞こえてくる。
1年の収穫を祝い、神に感謝する7日間のお祭り。今日は豊穣祭その1日目である。

そんな賑やかな外を眺める事なく、とある神殿の片隅で一人本を読みふけっている少女がいた。
長い薄緑の髪を垂らし、緑の瞳はひたすら文字の列を追って揺れる。
あの神殿での出来事から12年、フェリカは16歳になっていた。

誰もいない礼拝堂。ここは静かに神話を語る場所。天井や壁の絵は世界の創世について、ステンドグラスには創造神を中心とした12柱の神々が描かれている。
一つの絵本とも言えるこの空間はフェリカのお気に入りの場所だ。

いつもなら祭りの日は父ドナートと近所のお店を訪れたり一緒にお墓参りに行く。しかし父は今日仕事のため、フェリカ一人で祭りに出かける事もできないのでこの神殿に来ていたのだ。
父と仲の良いこの神殿の神官が「今日は誰も来ないからゆっくりしていきなさい。」と礼拝堂にいる事を快く許してくれたため、好きなだけ本に集中できた。


気がつけばもう日が落ち始め、強い西日が神殿を染める。
そろそろ帰ろうと本を閉じ、外に出ようと礼拝堂の中央にさしかかった時だった。

大きなステンドグラスの前、一人の背の高い人影が立っている。
夕日で鮮やかに輝くステンドグラスの前に影絵のようで、まるで絵本の挿絵のような光景だった。
極彩色の床の上、その後ろ姿に見覚えがあった。フェリカは思わず足を止める。
幼い頃自分を助けてくれた彼のあの背中を覚えている。今目の前にいるのはまさに・・・。

フェリカの視線に気づいたのか人影はこちらを振り返る。
それは記憶の中のその人よりも背が低く、自分より少し高い身長で黒髪に青い瞳の色白の少年だった。

じっと見つめていたところ目が合ってしまい、フェリカは急いで謝罪をする。

「ご、ごめんなさい・・・、む、昔ここで似てる人に会ったことがあって・・・つい・・・。」
「俺はここに来るのは初めてだが。」

見間違いだったのだろうか?確かに一瞬大人の男性に見えた気がしたのだが。
それよりも今、初対面の人、しかも男の子と会話している。普段父親以外とはほとんど話さない為、その対応にいっぱいっぱいであたふたしてしまう。
とにかく何か返さなくてはまた変な子だと思われてしまう。いつもお父さんとは会話できてるはずなのに!

「ど、どこから来たの?」

何を聞いているんだ自分は。そんな事を聞いてどうするんだ。もう変な子確定だろう。

「ん~、・・・南のラハルナの方?」

答えてくれた。海外の人なんだ。しかし周りに大人の姿はない。
何歳かは分からないが、フェリカより年は下か同じくらいに見える。

「一人で?」
「まぁ、そうだ。」

見た目的に自分と同年代だろうが、その歳で一人で外国に来たんだ・・・すごいなぁ・・・。
それに比べて自分はまともに人とも話せない・・・。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

堪え難い沈黙が漂う中、フェリカは言葉を探す。
相手の少年は怪訝な顔をするわけでもなくフェリカの表情を観察しているようだ。
日が落ち、神殿の中に明かりが灯り始める。そろそろ帰らなければいけない。

「あ・・・、もう暗い時間だから帰らなきゃ・・・。えっと、じゃあね・・・。」

ぺこりと頭を下げ、小走りでフェリカはその場を後にした。
もっと上手く喋れなかったのか、もう少し時間があったら・・・。そんな悶々とした後悔を抱えながら、恥ずかしさと不甲斐なさが帰路につくフェリカの足を速めた。


◆◇◆


祭りの日だけあって賑やかな通りを急ぎ足で進んでいく。
並び立つ屋台と人混みを抜け、少し喧騒から外れた暗い通り差し掛かった時、声を掛けられた。

「ねぇお嬢ちゃんここの人?」
「ちょっと宿までの道を聞きたいんだけど良いかな?」

現地の人間ではなさそうな数人の男性。大きな声、顔が赤く酒臭い。明らかに酔っているようだ。

「えっ?・・・え、あ・・・。」

混乱と恐怖で硬直するフェリカにお構い無しに男達は何か話しかけてくる。
道が狭いため前をふさがれると通り抜けることができない。

「おい。」

唐突に聞き覚えのある声が遮る。

「はぁ?何だおまえ?今俺達が話してるだろうが。」
「子どもはさっさとお家帰りな。」

全員の目線の先には、先ほどフェリカが神殿で会った一人の少年が立っていた。

「あぁ?・・・おいお前、こいつらは知り合いか?」

男達の威圧に眉をしかめつつ少年はフェリカに問う。
とにかく助けてほしい一心でフェリカは首を左右に振って否定する。

「・・・そうか。じゃあお前ら、さっさと失せろ。」
「ああ!?ガキが何偉そうに言ってんだよ!ナメた口聞いてんじゃねぇぞ!」

少年は殴り掛かってきた男の拳を素早くかわし、男の身体を掴むと勢いよく放り投げる。
投げ飛ばされた男の身体は遠くの運河に落ち、大きな水しぶきが上がる。
人間を遥かに凌ぐ膂力に男達は酔いも覚め狼狽える。

「やめとけ!こいつイクスだ!」

イクス。人間と同じ姿をした、長寿と異能を持つもう一つの人類。

「子どもにビビってんじゃねぇよ!」

尚も殴りかかって来る男を今度は蹴り飛ばす。吹っ飛び壁に叩きつけられた男はそのまま失神したようだ。

「覚えてろよ!」

少年は逃げ去っていく男達に目もくれず、驚いたまま固まるフェリカに手を差し出す。

「ほら、これ落としてたぞ。」

差し出された手には、フェリカにとって大切な緑の宝石の指輪が輝いていた。

「!・・・あ、ありがとう・・・。」

戸惑いながらも指輪を受け取ると安心が一気に押し寄せ、ほっと息をつく。

「す、すごく強いんだね。」
「あぁ、まぁ、傭兵だからな。」

その若さでその職業という事に驚いたが、今はとにかくお礼を言わなくては。

「あの、さっき助けてくれたこと、指輪を届けてくれたこと、どうお礼をしたらいいか・・・。」
「お礼ねぇ・・・。そういやお前は俺がイクスなの気にしないのか?」

彼の言う通り、イクスは人間と同じ姿をしているが、火や水を操つる者、翼を持ち飛行する者、人間離れした膂力など特殊な能力を持っている事や人口がかなり少ない事から、そうでない人間から妬まれ疎まれ恐れられ、迫害されることも少なくない。

「えっと・・・私は別に、気にしないけど・・・。だって・・・ゴニョゴニョ・・・。」
「ふーん、それなら戦神の神殿にお祈りを・・・と思ったが丁度いい。」

少年は面倒そうに少し考える素振りを見せた後、何を思いついたのか名案とばかりにニヤリと笑う。

「残り6日間祭りを案内しろ。そっちの方が一人で散歩するよりも面白そうだしな。」

少年の表情とは裏腹に、フェリカは困ったように顔をしかめる。

「う、うん、分かった・・・。やってみる・・・。」

それが恩人の頼みなら仕方ない。
不安渦巻く胸中、一つ重要な事を聞いていなかったとフェリカは気づいた。

「あ、名前・・・。私フェリカ・レリーチェ。・・・あなたは?」
「ローレンスだ。ローレンス。」
「あの、明日はよろしくね。ローレンス。」
「ああ、よろしくな。じゃあ明日の朝、さっきの神殿にいる。」

そう言うと彼は軽く手を振り去っていった。
どうしよう、普段家から出ないし決まった場所にしか行かないため、何も分からない。
でも助けてもらったので断るわけにもいかなかったし・・・。とにかく今日中にお父さんに色々聞いて、パンフレットとか手に入れないと・・・。

「はぁ・・・。」

小さなため息が夜の街に溶けていった。
こうしてフェリカとローレンスとの6日間の祭りが幕を開けるのだった。

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